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5月, 2021の投稿を表示しています

台湾有事は日本有事〜求められる日本人の覚悟

米国現地時間4月16日、菅義偉・首相とバイデン・米大統領の首脳会談が行われた。最大の焦点の一つであった「台湾」については、両首脳が発表した共同声明「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」において言及された。日米首脳が共同声明で「台湾」に言及したのは、1969年の佐藤栄作とリチャード・ニクソン両首脳間の声明以来。当時は1972年の日中国交樹立前であり、親台派として知られる佐藤は「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとつてきわめて重要な要素である」と述べている。  今般の声明では中国の行動について両首脳が懸念を表明し、力による現状変更の試みに対する反対の意思を明らかにした。そして「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」し、その上で「両岸問題の平和的解決を促す」とした。また「中国との直接対話の重要性を認識」し、「共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性」についても併せて明記した。  今般の声明において、実に52年ぶりに「台湾」に言及したこと自体は歴史的意義を有し、日米両国が台湾関与の意思を明確にしたことも日本及び地域の安全保障に資するものといえる。また台湾の外交部は日米首脳の共同声明について「歓迎と感謝」を表明しており、日米台が緊迫する台湾海峡情勢で連携する意思を内外に示すことができた。  一方でより重要なのは「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」した上で、日本がそのために如何なる実効的措置を講じることができるか、である。日本は2016年に平和安全保障法制を施行し、現行憲法の下での限定的な集団的自衛権行使を容認した。すなわち同盟国である米国に対し、想定される事態に応じて日本として一定の役割を果たしていくことが可能になったわけである。日本が想定する事態は、日本に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又はその明白な危険が切迫していると認められる「武力攻撃事態」、密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある「存立危機事態」、日本の平和及び安全に重要な影響を与える「重要影響事態」があり、現在、各事態に応じて法律に基づく対処が可能である。  考えたいのは、上で佐藤が言及したように「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとつてきわめて重要な要素

日本人飛行兵を「神様」として祀る飛虎将軍廟〜信徒の厚い信仰と深い愛に触れる

台湾南部・台南の郊外に建つ「鎮安堂・飛虎(ひこ)将軍廟」。 ここでは、先の大戦で戦死した日本人飛行兵が神様として祀られ、台湾人の信仰を集める場となっています。 市内でホテル「日升大飯店」を経営する信徒の郭秋燕さん。 「飛虎将軍」という名で祀られているのは、大日本帝国海軍航空隊少尉の杉浦茂峰(すぎうら・しげみね)氏です。 杉浦氏は、1923(大正12)年11月9日に茨城県水戸市で生まれ、先の大戦中、零戦のパイロットとして1944(昭和19)年10月12日の台湾沖航空戦に出撃し、20歳の若さで命を落としました。 杉浦氏が搭乗していた零戦は、敵の攻撃によって尾翼から発火し、海尾寮という大きな集落に向けて急降下したそうです。 その様子を目撃した人によれば、もしすぐに落下傘で飛び降りていれば杉浦氏の命は助かったかもしれないとのこと。しかし、杉浦氏は操縦桿を握り続けて、機首をあげて零戦が集落に墜落することを回避しようとしました。 その後、集落への落下を回避した後、杉浦氏は飛び降りましたが、敵の機銃掃射に遭い、畑の中に落ちて戦死されたそうです。 履いていた軍靴に「杉浦」の文字があったことから、戦死した人物が杉浦茂峰氏であることが判明しました。 杉浦氏が地元の「神様」となったのは日本の敗戦後のこと。終戦後しばらくして、地元民が白い帽子を被り、白い服装を身にまとった人物が養殖池付近で徘徊している様子を目撃しました。 他にも目撃者が現れ、当初は泥棒だと疑っていましたが、地元民の夢枕にも現れることがあり、人々は恐れ始めて、地元で信仰を集める「保生大帝」に尋ねました。その結果、その人物が、先の大戦の戦死者であることがわかりました。 杉浦茂峰氏。写真は杉浦氏のお姉様が戦後、台湾に持ってきたもの 廟の内部 こうして地元の人々は、戦死者が、戦時中に集落を守るため自ら犠牲になった 杉浦茂 峰氏に違いないと考え、1971年に杉浦氏に感謝するため小さな祠を設けました。 そして、1993年には現在の廟を建立し、今もなお、地元の人々の信仰を集める「神様」となっています。 現在、ボランティアで飛虎将軍廟の顧問を務めている郭秋燕さんによると、同廟では毎日、朝夕の2回、 祝詞 として『 君が代 』と『 海ゆかば 』を流しており、また日本人参拝者が来た際にもそれぞれ流しているそうです。 日本語が堪能な郭さん。ホテ